雑記帳

雑食で書いてます

雑記9「逃げる2月」

 2月に入りました。逃げる2月という副題をつけてみました。いや、この場合主題となるのか。雑記にはナンバリングにプラスして主題をつけるというの悪くないかもしれない。

 主題の通り、2月は逃げるというが、一体逃げるとは何が逃げるのか。1月は行く、2月は逃げる、3月は去ると一般的には言われますが、時間の過ぎる早さとこれまた一般的には答えられます。しかしこう何か文法的にすごく引っ掛かる人は多いのでは。なぜか「行く」だけ能動的な意味に感じ取ってしまうからだろうと思います。1月は行ってしまう、2月は逃げてしまう、3月は去ってしまう。というような言い回しだと思えば、まぁ何となくわからなくもないです。

 

 さて今年こそはと気合を入れた(私を含めた)方々はいかがお過ごしだろうか。2019年もひと月と半月が過ぎました。もし気合を入れたことをずっと続けているのならばそれはある種その分野を物にしたと言っても過言はなさそうです。すべては続けることが大事らしいですので。習慣というのは身につけると強い反面、身につけるまでが非常に難しいものです。習慣化されたものはもはや自分の武器であろうと私は思います。

 しかし初日からいきなり物事を習慣化出来るのは稀です。もう稀中の稀です。三日坊主知らずですからね。そのために人は形から入ったり、今はタイミングじゃないとか余計な言い訳したり、そんなこんなを繰り返すわけですね。三日坊主を繰り返して習慣化することがまぁまさに理想でしょう。

 

 話題は変わって好きな漫画である「あひるの空」を今年に入って読み直しました。最新刊まで読むのに苦労しましたよ。なんせ高校生の頃から読んでますから、内容を思い出すのに行ったり来たりと。その「あひるの空」で私自身好きな言葉があって、作者のポエムに近いんですが、「走って止まって、走って止まって、それを私たちは歩みと呼ぶのだ」と。素晴らしい言葉だと思いました。ずっと歩き続けることは最初からできないんですよね。やろうとしてもなかなか出来ない。走って躓いて、を繰り返して後から振り返ると、あぁこれだけの歩みがあったのだと。

 その言葉だけがなぜかこう「あひるの空」の中で印象に残っています。それと共にこれが自身の座右の銘ではないですが、そういう風に行(生)きたいよね。と心の中で思う事がよくあります。つまり最初から歩んでゆっくり行こうなどという考えはいずれ、その物事は止まってしまうんだろうなと思っています。走って止まって、走って止まって、それを繰り返しながら、逃げる2月を追って、去る3月にしがみ付いて、いけたらなと思います。

 

 駄文でございました。